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zoom RSS わずか8年間の運用でした… (クモハ84形 岡山 最終回)

<<   作成日時 : 2014/12/28 17:00   >>

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当工場ではJR西日本管内の運用拡大を行っています。
そのうち岡山地区では山陽本線のほか、伯備線、津山線の運用拡大を中心に行ってきましたが、四国へつながる宇野線の車輌増備が進みませんでした。

これは、本四備讃線を越えてJR四国管内への運用拡大を行っていなかったことが大きな要因でした。
まぁ、213系や121系のキットが入手困難になっていることとJR四国5000系の製品化がされていないことが最大の要因なんですが…
(まぁ、213系と121系は完成品が出ているのですが、アレですからね……)

そんな宇野線なんですが、今回宇野線専用に改造された車両を製造し、ようやく完成しました♪
(前回の作業報告記事はこちら)




■完成

●岡山電車区 (岡オカ) Z2編成 クモハ84002

画像


クモハ84形です。
クモハ84形は1988年に宇野線の茶屋町〜宇野間の運用のため、クモニ83形から改造されました。

宇野線は岡山から宇野までの全長約30kmの路線です。
国鉄時代は宇野と四国香川県高松市を連絡船(宇高連絡船)が運航されており、多くの優等列車が運転されていました。
(現在の寝台特急「サンライズ瀬戸」もかつては寝台特急「瀬戸」として東京〜宇野で運転されていました。)

その後、宇野線は大きな転換点を迎えます。
1988年に瀬戸大橋が開業。
道路と鉄道の併用橋で、当初の計画では新幹線(四国横断新幹線)が走る予定だったものの、国鉄の財政難もあり鉄道部分は在来線(本四備讃線)として開業します。

これに伴い、本四備讃線が茶屋町に接続。
岡山〜茶屋町は引き続き四国への鉄道輸送を担うこととなりましたが、宇高連絡船が廃止となり茶屋町〜宇野は優等列車が走らなくなり、一気にローカル線の雰囲気に変貌します。

そのため、JR西日本では輸送需要に合わせた単行出来る車輌を探します。
当時、JR西日本には単行可能な1M車は123系がいましたが回す余裕も無く、余剰車の中から改造に回すことにしました。
その結果、宮原にいたクモニ83形4輌のうち800番台の815を除く3輌を旅客用に改造。
クモハ84形として生まれ変わることになります。

この当時は鶴見線や小野田線に旧型国電が走っていたのですが、分割民営化後新たに旧型国電が新形式として誕生するのはこのクモハ84形が唯一で、新たに旧型国電が走る唯一の路線でした。
基本的には、茶屋町〜宇野の往復運転で、所属が岡山電車区であることから入出庫の関係で一部列車は岡山まで乗り入れていました。

そんなクモハ84形ですが、115系や213系などの新性能電車と肩を並べて運転することから、早いうちに老朽化が進み故障が頻発。
最終的には故障で動けずに福知山から113系(113系300番台)を借りる始末。
結局1996年に日根野から123系が2輌転属し、廃車となります。

また、鶴見線のクモハ12形や、小野田線のクモハ42形は戦前形のいかにも旧型国電のイメージぴったりな風貌から人気があったのですが、クモニ83形への改造の際に近代的な車体に更新されたため人気も出なかった?のか、あまり注目もされなかったようです。

そんなクモハ84形を見ていきましょう〜





画像

(旧型国電の印象は残っています)

上でも書いていますが、種車はクモニ83形です。
大きな手を加えずに改造されていますので、正面はクモニ83形時代のままです。

車体は更新されていますが、屋根のR部分などに旧型国電の名残が見えますね。
そんな運転台上部には青いJRマークがいかにもJRの車輌という主張をしています。


画像

(今回は“タイプ”です)

実は、実車と今回製造した車両には大きな違いがあります。
それは正面です!

今回はKATOのクモニ83形800番台を改造種車に選択。
ライト点灯をさせるために、正面は改造種車のものをそのまま切り接いでいます。
800番台は低屋根構造のため、運転台の窓と種別表示窓の位置が下がっています。
そのため、おでこが広くなっています。

まぁ、実車の知名度が低いことと、そもそも旧型国電に詳しい方もなかなかいらっしゃらないこともあり、実際にクモニ83形と並べてみないと見分けが付かないでしょうから、今回はこの簡易工事としました。
(この写真だけで「これおかしい!」と気づく人はそういませんでしょうから…)


画像

(足回りで気づきます)

足回りは旧型国電ですので、標準的なDT13形台車を履いています。
これが一番新性能電車との違いでしょうか?


画像

(荷物車の名残が…)

車体側面を見ると、客用ドアが変則配置となっています。
これは、車体改造を簡略化するために荷物車当時のドアの位置に客用ドアを設置したためです。
同様の改造方法は、前年1987年に改造されたクモハ123形5・6で行われています。
(それを大いに参考にしたのでしょう)

窓も交換されていますが、クモハ123形のような201系に似た窓にはなっていませんね(^^ゞ
なお、茶屋町〜宇野間という20kmも満たない短距離運用を想定して、トイレは撤去されています。


画像

(001から始まります)

新性能電車は3桁の形式のあとに“−(ハイフン)”が入り、1から番号が振られます。
しかし、旧型国電は2桁の形式のあとに001からハイフン無しで番号が振られます。
当工場では初の旧型形式の番号が振られることになりました。


画像

画像

(新旧入り乱れます)

屋根上機器は国鉄末期に更新を受けていますので、パンタグラフはPS16になっています。
そのほかの機器も新性能電車に合わせています。
(実は資料不足でどうだか判らないのですが…)

そのほか、屋根には長く母線が走っています。
これはクモハ84形改造時に付いたのでしょうか?



以上がクモハ84形完成報告です



画像

(当工場の宇野線軍団)

宇野線と言えば、本四備讃線開業までは「宇野快速」として115系が最大10輌編成で走っていました。
それが一気にクモハ84形の1輌単行に変わったわけです。
(確かに大きく変貌したわけです…)

まぁ、余剰となっていたクモニ83形にとっては、第二の車生として余生を送れるはずだったのですが、問題が発生します。
元々、新性能電車に合わせたダイヤ編成ですし、岡山〜茶屋町は優等列車に追われながらの運転から、高加速・減速を要求されます。
それに旧型国電としての性能に限界がやって来ます。

このクモハ84形002ですが、種車はクモニ83形026です。
クモニ83形026はクモハ73形164から改造され、そのクモハ73形164は元は戦時設計のモハ63形770です。
モハ63形770として新製されたのが1947年ですので、既に40年以上も走っていたわけです。
(今でも西日本には40年以上走っている車両は結構いますが…)


そうなると故障が頻発します。

最終的には走行不能に陥り、福知山から113系を借り入れて代走させる始末……


画像

(当時は更新前ですが)

当工場の福フチS4編成です。
当時は更新前でクモハ113−304+クモハ112−304でした。

それでなんとかしのいでいたのですが、207系投入で103系に余裕も出てきたことから、阪和線羽衣支線で運用されていた123系を転属させて交代することになりました。


画像

(広島転属後ですが…)

1995年に日根野から転属してきたクモハ123形は、かもめのカラーリングをして宇野線を走り始めます。
そして、翌1996年にクモハ84形は全車廃車となります。

実は転属してきたクモハ123形5・6はクモハ84形と同じ1988年に改造されており、同世代組だったのですよね。
一方のクモハ123形は四国の5000系登場で213系に宇野線運用を譲り、小野田線へ転属。
クモハ42形を代替しています。
そういう意味では、旧型国電の入れ替わりにこの車両が入っているのですね。



結構、JR西日本ではこのような不運(?)な運用を歩む車輌が多いような気もします。

当工場で見ると……


画像

(これに“アレ”もいれば?)

一番左がキサハ34形……
1992年に氷見線と城端線の輸送拡大のため、余剰となっていた12系1000番台から改造。
その後輸送需要が低下したため、4年後の1996年に廃車。

真ん中がキハ33形…
クモハ84形と同じ1988年に50系客車から気動車化されました。
しかし、予想以上にコストがかかることから2輌のみの改造で終了。
トイレが無かった事から各地を転々……
最終的には鳥取〜浜坂をトイレ付きのキハ47形と一緒に往復していました。
2010年に運用を離脱し、1輌は津山の扇状車庫に保管されています。
(そういう意味では恵まれているか…)

JR西日本は分割民営化直後から車輌の調達に苦労していたようで、改造でなんとかしのいでいました。
(103系や113系の40N更新がそうですね。)

試行錯誤の中、いろいろな形式が誕生していますが今回のクモハ84形もその1形式なんですね……


さて、今回当工場初の旧型国電が誕生したのですが、実はもう1輌います……


画像

(新性能電車扱いですが…)

鉄道総研のクヤ497形です。
鉄道総合技術研究所(JR総研)の車輌で、車輪とレールの摩擦係数を測定する「すべり粘着試験車」です。
1987年にクモニ83形805から改造されています。

鉄道総研の試験車ですが、営業線上で試験することからJR東日本の車籍を持ち、豊田電車区の配置となっていました。
元々が荷物電車でしたが、試験車に改造される際に電装解除され、台車は片方は測定用の試験台車(TR910)でもう一方は廃車発生品のDT21Tでした。

こちらも1996年に車籍の登録が抹消されています。



これで、クモハ84形が完成したので次の車輌製造ですが……

まずは本年2014年最後の製造車両はこのクモハ84形になります。
従って、次の車輌が来年2015年最初になるのですが……

今のところ未定です(^^ゞ

製造待ちの車輌が一杯いますので、優先順位をもう一度確認して製造を開始したいと思います。







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